効率的市場仮説とは
効率的市場仮説”とは、株価に影響を及ぼす情報が迅速に市場に広まり、その情報が株価を瞬時に押し上げたり押し下げたりするため、現在の株価は過大評価でも過小評価でもないという理論です。現在の株価は適正でありここから他者を出し抜いて儲けることができないというものです。
野村証券の証券用語解説集には「現時点での株式市場には利用可能なすべての新たな情報が直ちに織り込まれており、超過リターン(投資家が取るリスクに見合うリターンを超すリターン)を得ることはできず、株価の予測は不可能であるという学説である。」と書かれています。
効率的市場仮説の3基準
効率的市場仮説は、市場の平均的なリターンを上回ることができないと主張しており、その中で「弱基準」、「準強基準」、「強基準」という3つの分類があります。
弱基準(weak form)
弱基準は、「現在の株価が過去の価格、取引高などの取引情報がすべて織り込み済みである」と主張しています。この仮説が正しいものだとすると「テクニカル分析」は無意味になります。
Harry Robers,”Stock Market ‘Patterns” and Financial Analysis:Methodological Suggestions,” Journal of Finance, 14, March 1959.
準強基準(semi strong form)
準強基準は弱基準に加えて、企業の財務状況、業績状況、技術開発、特許などの入手可能な情報がすべて株価に織り込まれていると主張しています。この仮説が正しいものだとするとテクニカル分析に加えて「ファンダメンタルズ分析」は無意味になります。
強基準(strong form)
強基準は企業の内部情報も株価に反映しているという主張です。いわゆるインサイダー情報も株価に織り込まれているということです。
効率的市場仮説は、現実の市場においても半強基準までの範囲ではほぼ成り立っていると一般に考えられています。弱基準効率市場に関する研究では、株価動向に予測可能なパターンを特定することはできないとされています。半強基準においては、イベントスタディと呼ばれる研究方法を用いて行われた調査では、情報が公開された直後に株価が反応し、その後は大きな動きを見せないことが多く、市場はほぼ効率的であると考えられています。一方で、強基準は成り立っていないとされています。
パッシブ投資戦略
効率的市場仮説が支持を集めるようになると、銘柄選定を行い頻繁に保有銘柄を入れ替えるアクティブ投資に対して、パッシブ投資戦略が徐々に人気を博すようになりました。パッシブ投資戦略とは、株価指数(インデックス)に連動するようにポートフォリオを構築し、バイアンドホールド戦略を採用して、頻繁な売買を避け、手数料をできるだけ低く抑える投資方法です。株価指数に連動するポートフォリオの代表例は、インデックスファンドへの投資で、1976年にはバンガード社がS&P 500に連動する「インデックス500ポートフォリオ」というインデックスファンドの販売を開始しました。このファンドの手数料は、資産の0.2%という当時としては非常に低い水準でした。
実際に、多くのアクティブファンドがS&P 500に連動するインデックスファンドのパフォーマンスを下回る結果となりました。効率的市場仮説によると、株価の上昇や下降を予測することは不可能であり、その結果、手数料のコストを考慮に入れると、継続して市場平均を上回るパフォーマンスを出すアクティブファンドは稀です。バンガード社の創設者であるジョン・ボーグルも、アクティブファンドのアンダーパフォーマンスの主な原因は手数料であると指摘しています。彼は、低い経費率のファンドに投資し、長期間保有するパッシブ投資戦略の有効性を主張しており、これは現在でも有効な投資戦略なのです。
本当に市場は効率的なのか? ~最近の研究~
アノマリー
これまでアクティブ投資に否定的な見解を示してきましたが、アクティブ投資は絶対悪のでしょうか?実際、最近の研究によると、アクティブ投資にも成功の機会があるとされています。ここでは、その可能性について探究します。実は、現実の市場では、効率的市場仮説だけでは説明できない現象がいくつか確認されています。これらの現象をアノマリーと呼びます。アノマリーとは、効率的市場仮説では説明しきれないが、実際に観測される市場の規則性やパターンを指します。
・小型株効果
小型株効果は、時価総額が小さい株への投資が大型株に比べて優れたパフォーマンスを示す傾向があるという現象です。これは効率的市場仮説だけでは十分に説明できない事象です。小型株効果が観測される理由としては、小型株は機関投資家による購入が少ないため、分析を行うアナリストの数が限られ、情報の流通が少なく、結果として割安な状態で放置されがちだと考えられています。また、小型企業は大企業に比べて倒産リスクが高い反面、それを補う形で大きなリターンを期待できるともされています。
・1月効果
1月効果とは、1月における株価のリターンが他の月に比べて高くなる現象を指します。特に小型株においてこの傾向が顕著だとされています。1月効果の原因としては、年末に税金対策のために売却が増えることと、新年を迎えて新たな投資資金が市場に流入することにより、1月に株価が上昇するというパターンが見られるためだと考えられています。
・曜日効果
曜日効果とは、株価リターンが曜日によって異なる傾向にあることを指します。具体的には、月曜日のリターンがマイナスになる傾向があり、一方で金曜日のリターンはプラスになる傾向があるとされています。この現象は、週末に発表される大きなニュースが市場に不安をもたらし、それが月曜日の株価下落に繋がる傾向があることに起因すると考えられています。
モメンタム効果とは野村證券の用語解説で以下のように説明されています。「値上がりした銘柄がさらに上昇したり、値下がりした銘柄がさらに下落するなど、相場が一方向に進みやすい傾向にあること。相場のアノマリー(経験則)の一種。一方、値上がり後に値下がりする、または値下がり後に値上がりする相場の現象は、リターン・リバーサル効果と呼ばれる。」
ブラックマンデー
また、効率的市場仮説を否定する事実として「ブラックマンデー」が挙げられます。1987年10月19日(月)に一日で株価が23%も下落したことをランダムに株価が変動する効率的市場仮説から説明するのは難しいのです。ブラックマンデーは市場がパニックになった人間心理が遠因でないかと考えてられています。効率的市場仮説への反証が増えてくると、人間の心の状態が株価に大きな影響を与えると唱える行動ファイナンス理論が勢力を伸ばしてくるようになりました。
結論
道を歩いている2人の経済学者が歩道に1万円が落ちているのを発見した。ひとりが発見したがもう一人が「ほっとけよ。それが本物ならもう誰かが拾っているはずだ!」。このジョークは非常に興味深いものです。効率的市場仮説が正しいなら簡単に見つかる一万円は一瞬にして消えてしまうものです。しかし、実際の市場には1万円が落ちている可能性は十分にあると考えられています。効率的市場仮説を過度に信頼してしまうと儲けるチャンスをみすみす逃してしまうことになるのです。
1989年に発行された「証券投資」では効率的市場仮説についてこう結論づけています。「市場は非常に効率的だが、特に勤勉で、知性に富、創造性のある者への報酬はかならず用意されていると我々は結論する。」
参考文献